物語の中のジュエリーたち …3…
 「若草物語」「赤毛のアン」と、海外の少女小説を続けて取り上げてきたが、今回は日本の物語にスポットを当ててみようと思う。
 さて、みなさんは「日本の宝物」という言葉からどんなものを連想されるだろうか?
竹取物語・伊勢物語 (吉岡曠・訳・現代語訳学燈文庫)
おとぎ草子 全訳注 (桑原博史・訳/講談社学術文庫)
 宝物の印象が強い物語と言えば「桃太郎」「花咲かじいさん」「舌切り雀」あたりかも知れない。
 桃太郎は鬼が島の財宝を手に入れるし、花咲かじいさんはポチの「ここ掘れワンワン」の声で大判小判をざっくざく掘り出した。また、舌切り雀のおじいさんが選んだ小さいつづらには、やはりお宝が入っていたのだ。
 ところが、「お宝」「財宝」と一口に言うが、それは具体的には何を指しているのだろうか。舌切り雀の絵本などを思い出してみても、反物や大判小判、それからなぜかサンゴの枝が描き添えてあったように思う。
 おそらく挿し絵を描く人も、日本の宝物のイメージがそれしかなかったからだと思うが、それも無理もないことに、日本ではいわゆる「宝石」がほとんど産出しないのである。
 今、私の手元に「宝石産出分布図」があるのだが、日本列島のところにはなんと、P、Co、Agの記号しかない。Pはパール(真珠)、Coはコーラル(サンゴ)、そしてAgはアゲート(瑪瑙)をあらわしている。厳密には真珠とサンゴは宝石(鉱物)ではないから、日本で採れる宝石は瑪瑙だけということになっているのだ。
 ごく僅かなら、日本でも水晶やアクアマリンなどが採れることもあるが、産出量は分布図に記入されるほどではないと言うことなのだろう。つまり日本は世界でもまれにみる宝石貧困国なのだ。

   にっぽんのたからもの
 少ないものは珍しいから価値が出るが、最初からないものは欲しがることもできない。従って、日本では高貴な身分の人でも、現代に見られるような宝石を身につけることはなかったのだ。
 古代の遺跡を見ても、代表的な装身具は金銀の細工物と、瑪瑙などの石を使った曲玉である。
 そういう国であるから、先ほど鉱物ではないと書いた真珠とサンゴがどれだけ貴重な「宝石」だったか想像していただけると思う。
 真珠は海から上がったそのままの姿ですでにつややかに輝いているし、サンゴは磨いて赤やピンクの美しい玉になる。だからどちらも「宝物」の絵には欠かせないアイテムなのだ。

 さて、このように日本の物語の中ではあまり具体的に描写されない「宝石」であるが、私が特に印象に残っているものに「竹取物語」の中の「蓬莱の玉の枝」がある。
 これは、銀を根とし、金を茎とし、白い玉の実がなっているという夢のような木なのだ。他にかぐや姫が求婚者に所望したのは、「仏の御石の鉢」「火鼠の皮衣」「龍の首の五色の玉」「燕の子安貝」であったが、龍の玉はまあいいとしても、はっきり言ってどれも私はあまり欲しくない。その点「蓬莱の玉の枝」は、子供心にステキだと思ったものだった。


      蓬莱の玉の枝?
 しかも、この枝を取ってくるように言われた「くらもちの皇子」は、頭も良く財力もあったので、腕の立つ職人を集めてその枝を実際に作らせてしまったのだ。銀の根に金の茎、それに(たぶん)真珠の実がついている枝なら、これはもう「本物」である。
 残念なことに皇子は職人への支払を渋ってしまったために、かぐや姫の面前で代金を請求されて顔を潰してしまうが、私がかぐや姫ならその場で「オッケーよ!」と言ってあげたいところだ。(笑)
 余談だが、今回この枝を絵にしてみようと思ったときに、全体の形がどうしてもサンゴの枝のイメージになってしまうことに気がついた。
 やはり私の中に「日本の宝物=サンゴ」というのがかなり根強くあるのかも知れない。

 他に、日本の物語で宝物の登場するシーンと言うと、「鉢かづき姫」の鉢がとれたころだろう。
 この話は、小さいときに絵本で読んだきりだったのだが、今回改めて「おとぎ草子」を読んでみて、鉢の中から出てきた宝物がきちんと描写されていることに気がついた。
 落ちたる鉢をあげて見給へば、二つ懸子(かけご)のその下に、黄金の丸塊(まるかせ)、黄金(こがね)の盃、銀(しろがね)の小提(こひさげ)、砂金にて造りたる三つなりの橘、銀にて造りたる県圃(けんぽ)の梨、十二単衣の御小袖、紅の千入(ちしほ)の袴、数の宝物を入れられたり。
【現代語訳】地に落ちた鉢を取りあげて御覧になると、二つの平たい箱のその下に、金塊、金杯、銀の提子(ひさげ)、砂金で造った三つの実のついた橘、銀で造った県圃梨(けんぽなし)、十二単の小袖、紅にたっぷり染めた袴など、数々の宝物が入っていたのだった。
 ※小提=小さい提(つるの付いた急須型の銚子)[おとぎ草子・206]
 また、このシーンには書かれていないが、あとで鉢かづき姫が「嫁くらべ」のときに登場するシーンでは、
 御装束には、肌には白き練りの絹、上には唐綾(からあや)、紅梅・紫、色々の御小袖、紅の千入(ちしほ)の御袴踏みくくみ、翡翠の髪挿しゆりかけて、歩ませ給ふ御姿、ひとえに天人の影向(やうがう)もかくやと思ひ知られけり。
【現代語訳】御衣装は肌着に白い練絹、その上に唐綾の品で、紅梅色や紫色など、色とりどりの小袖を召し、紅に深く染めた袴を裾長く引いて踏みしめ、翡翠のかんざしをゆらゆらとさせ、お歩きになっているお姿は、まったくもう天人の出現もこうではないかと思い知らされるのであった。
[おとぎ草子・217]
 と、翡翠のかんざしが描かれているから、これももちろん鉢の中から出てきたものだろう。織物や金属の細工物が多い中で、唯一「宝石」の記述がこれなのである。
 翡翠は、現在の分類では「硬玉」と「軟玉」に分けられ、それぞれ「ジェダイト」と「ネフライト」という別の鉱物であり、本当の意味で翡翠と言えるのは「硬玉」の方だけである。
 どちらも一見すると緑色の不透明な石だから見分けるのは難しいのだが、「硬玉」の方は、硬度はそれほどでもない代わりに衝撃に対する抵抗力がとても強く、彫刻などの細工物に向いた石である。(硬度が最も高いのは言わずと知れたダイヤモンドだが、これは簡単言えば、こすり合わせたときに傷が付くかどうかで判断する「堅さ」であり、翡翠の「堅さ」は、例えばハンマーで叩いて割れるかどうか、というようなものである。ダイヤモンドは、こういった衝撃にはそれほど強い石ではないから、くれぐれもお手持ちのダイヤを叩いてはいけません)
 本物の翡翠(硬玉)は、ミャンマーなどの東南アジアで産出されるが、やはり数は少なく上質のものは非常に高価である。
 軟玉(ただ、玉(ギョク)と呼ばれる)は、あちこちで採れるし、文字通り柔らかい石なので、加工が易しく、古代日本や中国でも盛んにアクセサリーや香炉などに使われていた。もちろん現代でも印材などに見られる石である。

 このように、どうも「宝石」には縁の薄い日本だが、その分、貴金属の細工や蒔絵、絹織物の染色などが発達したのだろうから、「宝物」が少なかったわけではない。西洋の海賊が島に隠したような「宝の箱」だと、ピカピカ光る宝石のついた短剣や首飾りなどがあふれんばかりに描かれていてとても派手なので、それに比べると地味な印象があるが、どれも人間の手が入った暖かみを感じるものばかりである。

 でも、やっぱりちょっと地味なので(笑)次回は思いきりピカピカの宝石の話をしたいと思います。みなさんも、取りあげて欲しい「宝石の出てくる物語」があったら、ぜひ教えて下さいね。

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