「物語の中のジュエリーたち」は、『シルキー』(白泉社)1996年6月号から11月号まで、
6回にわたって連載していた宝石エッセイです。
文庫版ジュエリーコネクションシリーズ「香港翡翠幻想」の巻末に収録されていますが、
ご覧になったことのない方のためにWebに載せることにしました。
童話や世界名作文学の中に登場する宝石をお楽しみください。
なお、文章は掲載当時のままにしてありますが、
一緒に載せていたイラストは最小限にさせていただきました。

物語の中のジュエリーたち …1…
 子供の頃に読んだ懐かしい名作文学や少女小説の中にも、さまざまな宝石が登場している。それは、主人公が愛しい人からもらったプレゼントだったり、家族の絆を深めるための小道具だったりするのだが、子供だった当時、その宝石が本当はどんな色でどんな形をしているのかまではわかっていなかった。
 なぜか私はそんなシーンばかりを鮮明に覚えているので、どうも宝石が好きらしいのだが(笑)、最近ちょっと勉強したおかげで小説の中の宝石がどんなものだったかわかるようになってきた。そんな物語の中のジュエリーたちを、みなさんと一緒に思い出してみようと思う。
若草物語 (原題:Little Women/L.M.オルコット・著/吉田勝江・訳/角川文庫上・下巻)
「お母さまだって、おんなじことよ」マーチ夫人も感謝にみちたまなざしで夫の手紙とベスのにこにこ顔をみくらべ、それから、灰色と黄金色、栗色と暗褐色の髪で編まれたブローチをやさしくなでた。それは今しがた娘たちが襟に飾ってくれたものであった。
[下巻・199] 
 若草物語の中には沢山の印象的なシーンがある。なかでもジョーが苺に塩をかけてしまうシーン、髪を切って売るシーン、エイミーが寝るときに鼻を洗濯ばさみでとめるシーンなどなど。
 でも、私が最も気に入ったのは、4人の姉妹がお母さまへのプレゼントとして自分たちの髪を少しずつ使って編んだという4色(灰色、栗色、暗褐色、黄金色)のブローチだった。
 このくだりを読んだとき、「髪を使って編んだブローチ」ちうのがどうしてもわからなくて、自分の髪を抜いて、いろいろ編んでみたりもしたのだが、髪はするするとほどけてしまってちっとも形に収まらないし、第一「なんでそんなものを?」という疑問が長い間解けなかった。
 ところが、「ジュエリーコネクションシリーズ」を描いているうちにアンティーク物も登場し、19世紀の宝石について書かれた本を見ていると、なんとその時代はビクトリア女王がご主人を早く亡くして国民が喪に服し、その影響で故人を偲ぶメモリアルグッズが大流行したとあるではないか。
 みんなが知っている「ロケットペンダント」もそのひとつで、愛する人の写真や形見の小物をしまっておける代表的な装身具である。
 その他にも、やはり蓋が開いて何かを入れるスペースの作られた指輪や、愛の言葉を入れたものなど「センチメンタルジュエリー」と呼ばれる一連の流行があったらしい。
 「これだ」と私は思った。若草物語の時代はまさにビクトリア朝で、舞台はアメリカだがイギリスから独立はしておらず、本国の影響が濃かった時代である。
 どうやら「髪の毛で編んだブローチ」とはそういう類のものだったのではないか。
 おそらく姉妹は、そういうものを専門に作る業者にでも頼んでお母さまへのプレゼントにしたに違いない。
 「私これのことお話ししようと思いながら、忘れていたわ。この指輪はね、今日伯母さまがくだすったんです。伯母さまは私をそばに呼んでキッスしてから、これを私の指にはめてくだすったの、そして私は伯母さまの誇りになるような子だから、いつまでもそばにいてほしいとおっしゃったの。私にはまだ大きすぎるものだからこのおかしい留め金までくだすったのよ。私これをはめていたいんですけど、いいでしょうか、お母さま?」
 「まあきれいだことね、でもね、エイミー、あなたはこんな飾りをつけるにはまだ若すぎると思うのよ」と丸々とした小さな手を見ながらマーチ夫人は言った。その人さし指には、空色の玉をちりばめた指輪が、小さな黄金の手を組み合わせた風変わりな留め金でささえられているのであった。
[下巻・161] 
 もうひとつ若草物語の中にはジュエリーが登場するシーンがある。姉妹の伯母にあたり(と、思う)「マーチ伯母さん」はお金持ちなのだが、姉妹の一人であるベスが猩紅熱にかかったときに末っ子のエイミーはその伯母さんの家に預けられ、そこで古い宝石箱を見せてもらう。
 箱の中にはガーネットのセットや真珠のネックレス、ダイヤの指輪などがあるのだが、(なんと、亡き友人を偲んで肖像と髪の毛の入ったロケットもある!)その中にはトルコ石の指輪もあり、エイミーはお行儀よくしていたご褒美に伯母さんからそれをいただくのだ。
 子供だった私もさすがにトルコ石はわかっていたが(自分の誕生石だから)その指輪にもひとつ謎がある。
 エイミーが家に帰ってお母さまにその指輪を見せるシーンに、まだ指輪が大きすぎるので「小さな黄金の手を組み合わせた風変わりな留め金」で支えられているとあるのだ。
 さあ、これがわからない。おそらく当時は今ほど簡単に指輪のサイズ直しなどはしなかっただろうから、大きい指輪をはめるための金具の存在は不思議ではないのだが、現在はそんなものはないので具体的にどんな形をしているのかまったくわからないのだ。
 ジュエリーそのものならばアンティークとして残っているし、資料もたくさんあるが、留め金の写真なんて見たことない。(笑)
 今回この文章を書くにあたってちょっと調べてみたのだが、何も見つけることはできなかった。
 なので、想像だけで言わせていただくが、おそらくその留め金は、外した状態で大きい指輪を挟み込んで一緒に指にはめてしまうようなものではないだろうか。


 トルコ石の指輪
 トルコ石の指輪本体についても、アンティーク風のデザインを考えると、イラストのようなものだと思うが、人の記憶力というのはあてにならないもので、私は今回若草物語を読み返すまで、エイミーがもらったのはトルコ石がひとつついた指輪だと思い込んでいた。
(私が子供のときに読んだ翻訳では「トルコ玉の指輪」となっていたから、大きい玉の印象が強かったのかもしれない)
 引用を参照していただければおわかりのように、この指輪は「空色の玉をちりばめた」もので複数の石がついたものらしい。だからたぶんこんな感じだろう。
 マーチ伯母さんの宝石箱の中身にもう少し触れると、伯母さんが社交界にデビューするときに身につけたガーネットのセットもあると書いてあるが、アンティークジュエリーの本などには、ちゃんと当時にはガーネットの流行があると書いてあったりするから嬉しくなってしまう。
 また、ダイヤの指輪が恋人から、真珠のネックレスは父親から、と書いてもあるが、おそらく欧米では娘へのプレゼントの代表的なものが真珠のネックレスではないか。
 そう、グリーン・ゲイブルズのアンもクイーン学院に入学する前にマシュウからもらっていたよね。次回はこの「赤毛のアン」に登場する宝石を取り上げてみたいと思う。

 ところで、宝石とは関係ないけど、どなたかエイミーが学校に持っていって先生に叱られた「塩漬けライム」の正体をご存じの方はいませんか?(笑)

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